旅行・地域

おいしいピロシキ

友人の弁では、子供の頃、

小学校の給食でピロシキが

出ていたとのこと

 

思い出してみると

ピロシキという言葉を

覚えたのは

給食のメニュー表だった気がします

Kimg2194

 

揚げパンの帝王とも言うべき

ピロシキ、兵庫県では

ややはり、あのブランドが

思い浮かびます

続きを読む "おいしいピロシキ"

| | | コメント (0)

西国街道ごく一部歩き走りと安全祈願

Photo_20210530074401

 

西国街道ごく一部、少しそれつつもどりつつ、ゆるく歩き走りしてきました。

歩いた範囲は、川を越えるための渡しがあったであろうあたりの手前まで、です。

活動抑え気味の現況でも、必要物資が入手できるのは、物流や生産が動いていることのおかげが大いにあると思います。陸上、水上の、そして空の、物の動きにあらためて感謝です。
安全な活動、運行を願って、ジョギング途中、街道沿い2ヶ所の社に立ち寄り参拝しました。

古来も今も、亀の森と呼ばれているらしい場所、神聖さを感じます。境内には、有難い神々が鎮座されています。神社名称は、住吉神社なので、疫病への対峙や交通の安全、いろいろ守っていただけると思います。
参拝ののち、境内の様子、森に注ぐ光を拝見しました。

 

境内、丸い光が漂ってるなと感じてましたら、写真にはなぜか光のような物が写ってました。スマホのレンズに汗がついてただけかもしれません。

住吉(すみよし、すみのえ)の神様は、海に関わる方で、海をひとっとびで渡っていったりされてたのでは、と思います。水上、海上、ご安全に、と念じました。
 ※下記、お祝いで使われる一節、
  漢字かな表記は適当です
  スミマセン

四海波静かにて
国も治まる時つ風
枝をならさぬみよなれや
あいにあいおいの
マツこそめでたかりけれ
・・・・・・・・

西国街道、西に進みます。

次なる森は、駒の森。

十二神社、十二宮、の名が。。。
神様、十二柱、ということかと思います。
天に七、地に五、だったでしょうか。

ここも漂う光が見えました。森の中は緑のまわりから出る光が写るみたいです。不思議です。

ここでも安全を祈願し参拝しました。

社の傍らには、防空壕跡が保存されています。

 

この森にから西へ進むと小さな川を二つ(たぶん)越えて、大きな川の手前に至ります。橋がない頃は、渡し船に乗ったり、人手で渡してもらったり、だったんでしょうか?

古い地図や地名に川をとりまく様子が伝わっています。

小さな川は足を水につけて歩いて渡ったかもしれませんが、大きな川を前にして、渡しを頼まないと、などと昔の旅人は思ったんでしょうかねぇ。

今では、立派な橋がかかっています。
西国街道はここで折り返し、離れて北方の間道(?)を東に戻ります。

皆様、道中ご安全に!

| | | コメント (0)

ジャワ更紗

更紗(さらさ)、日本でも各地の産物があるようですが、インドネシアのジャワ更紗 バティックは、世界無形文化遺産にもなっているそうです。

更紗とは、インド由来の染織製品を指すようです。おおざっぱな理解では、ろうけつ染めなのだと思います。

 

インドネシアの一般的な正装はバティックで、仕事に使うので、かなりの枚数を持っていました。布は絹か木綿で、屋外など暑い場所で着る時には、木綿の織り模様をさらに染めた素材が涼しくて助かります。所持枚数は、絹95%、木綿5%程度でした。

インドネシアでバティックの有名な産地は、中部ジャワです。

中部ジャワを旅した際に(2012年)、工房を見学させていただきました。

 

ろうけつ染めなので、プリント工法(?)だと、まずは版画のような方法で版木に蝋をつけて布に押し付けます。手描き工法(?)だと、筆状の道具で蝋で布に模様を描きます。蝋がついた布を乾かしてから、染料桶や染料プールにつけて色々付けし、色が乾いて定着してから、布を温めて(煮出す?)、蝋を溶かして落としたら、染め工程が一つ終わります。色んな版木を順にあてたり、手で模様を描き分けしたり、で色を組み合わせていくのだと思います。色塗りを手描きしている場面は見たことないのですが、もしかするとそういう工程もあるのかもしれません。

 

ジャワ更紗は江戸時代にはすでに日本に輸入されてきていたようです(オランダ東インド会社?)。

更紗の文字が、書物に記載されていたのかを軽く探してみましたが、見当たりませんでした(歌舞伎の台本にも載っていたと思うのですが、どのあたりだったかたどりつけず。。。)。

  ※歌舞伎 ト書きに一ヶ所発見しました
   鶴屋南北「東海道四谷怪談」
    二幕目 伊藤喜兵衛が宅
        座敷の体
        ~~ よき所
           更紗体ののれん
  (室内正面真ん中ののれん、と思います)

 

インドネシア 2011年頃だったと思いますが金曜はバティック着る日(バティックフライデー)となったことがありまして(今は違うかも)、金曜にはバティックを着て仕事してたのを思い出しました。

| | | コメント (0)

アカツメクサ、シロツメクサ

川沿いをジョギングしてましたら、アカツメクサが元気でした。シロツメクサは、そろそろ店閉まいの気配。

2_20210511055901

農水省サイト記載の情報を読んでましたら、アカツメクサ、シロツメクサは、牧草としては有用(?)、でも侵略的外来種だそうです。繁殖強いんでしょうねぇ。積極的に駆除するほどの記述には見えませんでした。

Photo_20210511055901

Photo_20210511055902

ともあれ、アカツメクサの色は美しく、花には天に向かう動きが感じられます。

 

 

| | | コメント (0)

忠実な羊飼い、羊🐑🐑🐑🐑🐑zzzzzzz

長年、ヴィヴァルディ作と思ってた「忠実な羊飼い」という曲集、近年、シェドヴィル作と判明していたんだそうです。知らなかった。。。

なぜ、人の名をかたったのか、解釈はされているようですが、論文や調査結果の原典にはたどり着けず、です。ヴィヴァルディさんはイタリアンの人でシェドヴィルさんはフランスの人だそうですから、調査結果の原典を見つけてもよう読まへんと思うんですけどね。

シェドヴィルさん、ミュゼット奏者、ミュゼット作家、だったとのことで、ミュゼット作品集を広く売って広めたかったんでしょう。ミュゼットも気になりますが、ここでは深入りせず、いずれ情報探しをと思います。

「忠実な羊飼い」に聞き覚えがあるのは、かつての名番組「バロック音楽の楽しみ」のおかげです。テーマ音楽が「忠実な羊飼い」の中の一節でした。朝6時台という強気(?)の放送時間に負けず、中学高校通学の前によく聴いていました。皆川達夫さん(昨年4月他界されたとのこと、合掌)のやわらかな語り口でのご説明でルネサンスやバロックを勉強させていただき、楽しませていただきました(すっかり忘れてしまいましたが)。

シェドヴィルさんの企みがいろいろあったと思われる曲集、レコード発売はないわけですから、楽譜を発売されたものと思います。楽譜タイトルと思われる題名周辺の但し書き(和訳の読み伝えです)を拝見しますと、主奏の楽器は幅広く設定されており、伴奏の譜は通奏低音表記だったようです。
  ※通奏低音の正確な説明は
   ここでは省略しまして、
   洗足学園様のサイトにリンク
   させていただきました

通奏低音は、旋律だけ書かれている譜で、そこに楽器に合った和音を重ねるようなので、主奏も伴奏もどの楽器でもええでぇ、みたいな、便利な楽譜だったものと推察します。

G_1a

 

動画サイトにも演奏例が並んでて、ひとつひとつ聴いていくのが楽しみで、聴いてみると心が洗われるような気分になるのですが、シェドヴィルさんに騙されていたとは、悔しいような、いや、かえって清々しいような。。。

ところで、忠実な羊飼いとは、いろいろな宗教での例え話の中に出てくるものだと思い込んできましたが、私の探し方がよくないせいか、そのものズバリの表現はみつけられませんでした(エジプトやイスラエルあたりの伝承にも、中東由来の伝承にも、インドあたりの伝承にも)。それらの地の言葉を知らないので、みつけられないのは当然ですね。

忠実な羊、羊飼いの位置付けや役割、についての記述はいくつか拝見できました。はーぁ、なるほど。。。それら意味付けが組み合わさっているのかもしれません。

羊や山羊を禁忌としていない宗教や風習も多いと思います。そのため、羊を飼う、山羊を飼う、というのが重要だったのかな?インドネシアでよく食べてたサテ・カンビン(山羊肉串焼き)、中国吉林でよく食べてた羊肉串、思い出しました。

貴重な生命をいただいて、生き続けさせていただいていることにあらためて感謝いたします。

 

 

| | | コメント (0)

前の丑年 2009年5月

5月になりました

 

前の丑年、12年前、何してたかなぁ。。。

 

knasada 5月のできごとは

 

20095

 

住んでる場所の近くの地下核実験に怒り、

マツ花粉情報に悩まされ、

ゴルフデビューに備えて練習、

中国で端午節が祝日になる、

など、でした

 

 

 

 

 

| | | コメント (0)

#地味にいい栃木

下野新聞さん

#地味にいい栃木

活動を始められましたね

 

Kimg2117

 

 

さっそく何本か、あげときました

 

 

 

| | | コメント (0)

丑年2009年4月のできごと

前の丑年、2009年4月

あれから12年が経ちました

2009年4月初め、半島の北の方(当時のknasada住地の南側)から長距離飛翔体(?)が打ち上げられたようで、中国国内の空の便が乱れていたようです

20094

 

 

| | | コメント (0)

2月の風景

行動を控えつつ、散歩か、ゆっくりジョギング、くらいの運動にとどめています

Kimg1969

 

 

 

通りがかりの風景、いくつかならべておきます

 

Kimg1936

 

Kimg1920

Kimg1915_01_burst1011915_cover

 

Pano_20210223_203332

 

 

| | | コメント (0)

12年前 丑年の2月

ぼやぼやしてるうちに、2月が終わろうと

しております

 

緊急事態が続き、なかなか晴れやかな気分にはなりづらいですが、やれることを着実に、と思います

Deida_juhyou_1

  ※写真は、某日、スキー場にて

   隣人の方が撮影されたものを

   頂戴したものです

  

12年前の丑年、2009年の2月は、寒さに負けず暮らそうという感じだったようです

 

 

| | | コメント (0)

より以前の記事一覧